かえるの学校へ込めた想い
- 2014/07/22
- 00:15
かえるの学校へ込めた想い
自然にかえる
初心にかえる
自分にかえる
故郷にかえる
ケロケロかえる
とらえ方は人それぞれ
みんな違って
みんないい
自分の心に素直に
「かえる」ということを大切に
大人こども関わらず
かえるの学校に携わるすべての方の「かえる」場所になれたらと思います
ここでは何も強制することはしません
それぞれがやりたいことをやりたい様にやります
大人の役割はこどもがそういう事をできる環境をつくってあげることだと思います
基本的には教えたり干渉したりしません
ただ困っている様子が伺えたり、教えを請うて来た場合は、簡単なアドバイスや問いはします
その場の状況によって変わりますので一概には言えませんが
例えば、こどもが薪でご飯を炊きたければ釜を用意することなどは大人がします
薪を拾ってくることや火をつけること、ご飯を炊く事はこどもに任せます
ただ炊き方がわからないなどと聞いてきたりすれば教えます
(決して教えすぎたり代わりにやってあげることはしません)
要はこどもの自主性を重んじるということです
もちろん
火が危ない事や野山には沢山の生き物がいて毒をもった生物もいることなどは最初に説明します
みなさん誰しも経験があるかと思いますが
何かに夢中に取り組んでいるとき
気がついたら数時間経っていたなんてことありますよね
きっとワクワクしていたからです
きっと楽しかったからです
大人もこどもも一緒です
自分のやりたいこと、好きな事には集中して取り組めます
そういうことを繰り返しやることが後々いきてくると思います
自分の夢がみつかったとき
憧れの職業がみつかったとき
それに向かってきっと集中して取り組む事ができるようになると思います
大人はこどもの可能性を信じてください
あれこれ言ってあげたり、してあげたくなったりするかもしれません
でもここではその気持ちは横に置いておいて、ただ見守ってください
何をしたとしても
何もしなかったとしても
どれだけ時間がかかっても
きっと何かを学んでいます
本来「学ぶ」とはそういうことだと思います
誰かが何を教えてそれを覚えるというのではなく
自分で何かをみつけて
なんだろうと不思議に思った気持ちにしたがって
触れてみたり
聴いてみたり
嗅いでみたり
といろいろと試して
繰り返して
その中でこれはこういうものだと自分の中で自分の感覚でわかること
そういうものだと思います
自分に置き換えてみるとわかりやすいです
こども時分に、先生や親に言われたことはすぐに忘れても、自分で何かを発見して気づいたりしたことはなかなか忘れないですよね
それは本当に自分の腑に落ちたからだと思います
大人もこどもも一緒です
大人はこどもより長く生きている分、少し物事を知っているだけです
こどもはまだ何も知らないのです
どうやったら失敗するのか
どうやったら成功するのか
それを自分で自分の思いついた方法で試してそれを繰り返す中で学ぶのだと思います
「やりたいことをやりたい様にやる」
それは自分がやりたいことを自由にすることです
ただ、自由には責任がつきものです
人間が二人いれば自由と自由はぶつかります
例えば、自転車が一台しかないのに二人とも自転車に乗りたければどちらかが譲るなどする必要があります
ジャンケンで順番をきめるのか
話し合ってきめるのか
大人は基本的には介入しません
どれだけ時間がかかってもいいです
きまらなくてもいいです
けんかになったとしてもいいです
ただ見守ります
(危険だと判断した場合はとめます)
こどもは周りと協調することを日々学んでいます
家で
外で
大人や周りのこどもとの関わりの中で
そして周りをすごく観ています
大人が
どんな風に過ごしているか
そして感じています
こどもと関わる大人が楽しそうに幸せそうに日々を送っていたらきっとこどもは早く大人になりたいと憧れるでしょう
未来に希望を持つでしょう
そんな希望に溢れた場所でありたいと思います
***スペシャルinfo****
7/26(土) 9:00−16:00 かえるの学校
まき拾いしたり釜でご飯炊いたりするよ〜
7/29(水) 9:00−16:00 かえるの学校
まき拾いしたり釜でご飯炊いたりするよ〜
自然にかえる
初心にかえる
自分にかえる
故郷にかえる
ケロケロかえる
とらえ方は人それぞれ
みんな違って
みんないい
自分の心に素直に
「かえる」ということを大切に
大人こども関わらず
かえるの学校に携わるすべての方の「かえる」場所になれたらと思います
ここでは何も強制することはしません
それぞれがやりたいことをやりたい様にやります
大人の役割はこどもがそういう事をできる環境をつくってあげることだと思います
基本的には教えたり干渉したりしません
ただ困っている様子が伺えたり、教えを請うて来た場合は、簡単なアドバイスや問いはします
その場の状況によって変わりますので一概には言えませんが
例えば、こどもが薪でご飯を炊きたければ釜を用意することなどは大人がします
薪を拾ってくることや火をつけること、ご飯を炊く事はこどもに任せます
ただ炊き方がわからないなどと聞いてきたりすれば教えます
(決して教えすぎたり代わりにやってあげることはしません)
要はこどもの自主性を重んじるということです
もちろん
火が危ない事や野山には沢山の生き物がいて毒をもった生物もいることなどは最初に説明します
みなさん誰しも経験があるかと思いますが
何かに夢中に取り組んでいるとき
気がついたら数時間経っていたなんてことありますよね
きっとワクワクしていたからです
きっと楽しかったからです
大人もこどもも一緒です
自分のやりたいこと、好きな事には集中して取り組めます
そういうことを繰り返しやることが後々いきてくると思います
自分の夢がみつかったとき
憧れの職業がみつかったとき
それに向かってきっと集中して取り組む事ができるようになると思います
大人はこどもの可能性を信じてください
あれこれ言ってあげたり、してあげたくなったりするかもしれません
でもここではその気持ちは横に置いておいて、ただ見守ってください
何をしたとしても
何もしなかったとしても
どれだけ時間がかかっても
きっと何かを学んでいます
本来「学ぶ」とはそういうことだと思います
誰かが何を教えてそれを覚えるというのではなく
自分で何かをみつけて
なんだろうと不思議に思った気持ちにしたがって
触れてみたり
聴いてみたり
嗅いでみたり
といろいろと試して
繰り返して
その中でこれはこういうものだと自分の中で自分の感覚でわかること
そういうものだと思います
自分に置き換えてみるとわかりやすいです
こども時分に、先生や親に言われたことはすぐに忘れても、自分で何かを発見して気づいたりしたことはなかなか忘れないですよね
それは本当に自分の腑に落ちたからだと思います
大人もこどもも一緒です
大人はこどもより長く生きている分、少し物事を知っているだけです
こどもはまだ何も知らないのです
どうやったら失敗するのか
どうやったら成功するのか
それを自分で自分の思いついた方法で試してそれを繰り返す中で学ぶのだと思います
「やりたいことをやりたい様にやる」
それは自分がやりたいことを自由にすることです
ただ、自由には責任がつきものです
人間が二人いれば自由と自由はぶつかります
例えば、自転車が一台しかないのに二人とも自転車に乗りたければどちらかが譲るなどする必要があります
ジャンケンで順番をきめるのか
話し合ってきめるのか
大人は基本的には介入しません
どれだけ時間がかかってもいいです
きまらなくてもいいです
けんかになったとしてもいいです
ただ見守ります
(危険だと判断した場合はとめます)
こどもは周りと協調することを日々学んでいます
家で
外で
大人や周りのこどもとの関わりの中で
そして周りをすごく観ています
大人が
どんな風に過ごしているか
そして感じています
こどもと関わる大人が楽しそうに幸せそうに日々を送っていたらきっとこどもは早く大人になりたいと憧れるでしょう
未来に希望を持つでしょう
そんな希望に溢れた場所でありたいと思います
***スペシャルinfo****
7/26(土) 9:00−16:00 かえるの学校
まき拾いしたり釜でご飯炊いたりするよ〜
7/29(水) 9:00−16:00 かえるの学校
まき拾いしたり釜でご飯炊いたりするよ〜
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